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トークイベント『21世紀の学生運動と社会運動の展望~京大学生運動の現場から~』を終えて

2016年5月14日(土)のトークイベント『21世紀の学生運動と社会運動の展望~京大学生運動の現場から~』は終了しました。3名の参加がありました。参加された方、宣伝していただいた方、何もしていない方、どうもありがとうございました。


▼当日に配布された資料の一部
資料 2016.5.14(1)


▼「2016年度 熊野寮新入寮生募集要項」と「京都大学社会科学研究会誌 Peace Navi Vol.93」
資料 2016.5.14(2)



講師の平田君からは、京大の学生運動の特徴であり、また全国的に見ても現在の学生運動の最前線である熊野寮という自治寮の闘いを中心に話があった。なお、彼は熊野寮の第83期常任委員長(寮長)だった人物である。

あくまで大学という部分社会ではあるが、熊野寮の闘いが勝ち続けられているのは何故か。平田君によれば、それは「①自治(共同性や決定権)」と「②生活の丸抱え(自律的な生存空間)」、そして「③勝ち続けているという事実」により、必ずしも政治や社会問題に関心のない一般学生からも支持を集めているからだという。個人的にはそれらの要因に「④京大生という特権性」も加えられると思うものの、非大学における運動でも参考にすべき点はあるだろう。

昨年の全学自治会(の一部勢力)が起こしたバリケード封鎖事件に関しては、運動が持つ力とは最終的な見え方よりも、それを準備する過程において作られる。いわゆる過激な運動が批判される文脈は過激さにではなく、少数が突出しているだけ、つまり事前に支持を集めようとする過程が捨象されているところにある。過激なのは別に構わないが支持という力が伴わねば意味がない、といったことが確認された。

また、これからの社会運動の展望として平田君は、現在のそれが「①闘って奪い取る労働組合的な発想」と「②資本主義の中で打ち捨てられたところに自律的な生存空間を作る里山資本主義的な発想」の2つに分離してしまっている問題があると述べた。これは僕の問題関心と合致するところである。もちろん、1人の人間の身体は1つなので、何でもかんでもやることはできない。ただ、上記の①と②はどちらも必要なものであるはずなのに多くの場合、現実には分離どころか対立してしまっている。そうした不毛な対立をどう解消していくか。現在の政治・社会情勢は革命前夜などではまったくなく、運動シーンは相当程度の後退局面にある。難しいことは承知の上だが、やはり何かで「勝つという経験」「成功するという事実」が不可欠なのかも知れない。それを突破口にするしかない気がする。



▼カンパありがとうございます。講師の平田君への謝礼とします。
カンパ箱


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ばたお

Author:ばたお
・1983年大阪府生まれ。大阪府河内長野市在住
・ショボい労働、ショボい自給農、ショボい消費で生きています。
・シェアスペース河内長野。アジェンダ・プロジェクト大阪

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