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「左」と「右」と当面の課題――グローバリゼーションとナショナリズム

1.マルクス主義の影響力の低下による「左」の曖昧化

いわゆる「左」と「右」の二分法というのは、現在でも有効なものなのだろうか。この問いに答えるのは難しい。もっとも冷戦=東側陣営の崩壊以降、極端な「左」の思想が衰退したせいで、どういった主張が「左」なのかというのが曖昧になっている。またそれに伴い、「左」と対立する「右」の定義も曖昧になっているというのは事実であろう。

より具体的に言えば、「左」と「右」の思想的な核が見えにくくなった大きな原因はマルクス主義の影響力の低下にほかならない。かつては明確な世界観・価値観を持った理論体系であるマルクス主義が中心的な基準となり、マルクス主義内部の位置関係およびマルクス主義との距離の取り方で「左」の側の座標軸が定まっていたからだ。

例えばマルクス主義の内部では、暴力革命を不可避なものと見るか否か、革命を目指す場合にすぐに社会主義に移行する革命を目指すのか、それともブルジョワ革命を経て社会主義を目指す二段階革命を目指すのか、革命の主要な担い手はどのような階級か……などといったことでグループ分けがなされていた。非マルクス主義的な左派であるいわゆる「市民派」であれば、マルクス主義の代わりにどのような社会理論に依拠するのか、その理論とマルクス主義はどの問題についてどこが同じでどこが違っているのか……などといった視点から位置付けがなされていた。

そうした座標軸を持っていた「左」と比べると、「右」の側にはもともとはっきりとした理論体系はなかった。日本であれば天皇や「家」・靖国神社といった象徴はあるものの、それらを体系的に論じた社会理論は第2次世界大戦後はほとんど発展しておらず、"日本の伝統を守る"という様々な勢力が「保守」として緩くまとまっていたに過ぎない。もっとも日本の政治・経済・文化のアメリカ化を推進しようとする勢力も、"反共"を共通項として「右」=「保守」に括られていた。



2.グローバリゼーションの進展による「右」の分裂

冷戦=東側陣営の崩壊とそれに伴うグローバリゼーションの進展は、全面的な勝利を収めたかに見えた「右」に対して、その内部を大きく攪乱させることになった。まず、西側諸国の企業が労働コストの安い途上国へと生産拠点を移すようになったため、企業収益が改善しても国内には失業者や非正規労働者が増え、消費が落ち込むという経済の空洞化現象が起こるようになった。つまり、グローバル化が進めば進むほど国内の景気は停滞し、国の税収も減るわけである。税収減により、各国政府は福祉をはじめとする公共政策の予算を削減することを余儀なくされ、国内の貧富の差が拡大した。グローバリゼーションはすべての人の生活を豊かにするわけではなく、グローバルな競争に敗北してより困窮する人も生み出したのである。

このようにして「国民国家をベースとした経済成長」という従来のモデルが機能しなくなると、これまでは1つの「右」だった陣営がグローバリゼーションへの対応をめぐって分裂することになる。一方は主にアメリカが主導するグローバリゼーションに則り、国際競争力を保持するための諸改革を推し進め、国民の生活全般を丸抱え的に管理することをやめ、できる限り市場に任せようとする勢力である。もう一方は国民国家をベースとした経済成長を守るべく、国家の市場への介入を強化し、国境を越えたグローバルな資本の動きを制御しようとする勢力である。前者が伝統的な共同体を解体し、市場を中心とした社会を新たに編成しようとする主な流れであるのに対して、後者は共同体的な繋がりを守ろうとする土着的・民族主義的な少数派であろう。

社会主義を志向する「左」との対抗という点で、この2つの相反する勢力はこれまで辛うじて1つにまとまっていた。しかし、共通の敵の消滅とグローバリゼーションの本格化に直面した結果、「グローバリゼーション派=親米右派」(主流派)と「反グローバリゼーション派=反米右派」(少数派)とに次第に分かれるようになったわけだ。このように考えると、「右」はもともと「市場を重視する主流派」と「ナショナリズム的な少数派」の連合体だったのだとも言えるだろう。



3.グローバリゼーションの進展による「左」の現れ方の変容

グローバリゼーションへの対応をめぐるせめぎ合いの中で、「左」の現れ方も変容してきている。つまり、「左」である社会民主主義勢力が「右」に代わって「国民国家の防衛」を強く主張するようになっているのである。もっとも、ドイツやフランスの社会民主主義勢力は19世紀後半以降、政権に参加し、高福祉・自国民労働者優遇政策を制度化することによって支持基盤を拡大してきたので、もともと「国民国家をベースとした経済成長」を志向していたのだとも言える。冷戦時代には「右」との対立関係や「万国の労働者、団結せよ」といった国際主義的なイメージの強いマルクス主義との近さから、社会民主主義と国民国家との結び付きは曖昧にされていたものの、グローバリゼーションの進展によって社民勢力のナショナリズム的な性格が顕在化したに過ぎない、ということなのかも知れない。

つまり、「右」の大勢が「市場主義的なグローバリゼーション」を推し進めるのに対して、そこから距離を取るナショナリズム派と冷戦以後の「左」の主流となった社会民主主義勢力が、共に「国民国家の防衛」を唱えるという関係になったわけである。



4.「市場主義的なグローバリゼーション」への対抗軸としての「ナショナリズムに基づく再配分」

現在の「グローバリゼーション・市場重視」という右派主流派の暴走を食い止めるためには、「反グローバリゼーション・国民国家における再配分重視」という軸を構築し、そこに様々な勢力が「左」と「右」を問わずに結集する必要があるのだろうか。これまでの議論を踏まえると、「反グローバリゼーション・ナショナリズム的な右派」と「国民国家をベースとした経済成長と再配分を目指す社会民主主義的な左派」の連合体の形成である。実際の運動の在り方としては、例えば「右」のイメージが強い国産品愛用運動と「左」のイメージが強い地産地消運動といったものは十分に連携できる可能性を秘めていると思われる。

もちろん、「右」の中でも排外的な主張をする勢力は排除されなければならないし、また「右」でも「左」でも"無限の経済成長"という理想については自然環境の有限性などから大きな問題がある。しかし、当面の課題である「市場主義的なグローバリゼーション」への対抗軸として、「ナショナリズムに基づく再配分」といった主張が前面に押し出されるべき時が来ているのかも知れない。いずれにせよ、これは正解などない厄介な問題である。



  【ばたおとだめお】第1回 右翼と左翼
  




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コメント

No title

まあ~難しい事暇だから沢山書いたなー・・・・
別に右、左に分けなくても
今は学歴とやる気で決まる江戸時代だから
貧乏主義と金持ち主義でいいんじゃないの?
下士、上士みたいな上翼下翼の分け方でいいんじゃね?わからんけど。

No title

新ブログも・・・・・誰にも相手にされてないみたい・・・

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